◆小雨の散歩・・・箕面の寒山寺山門まで
おはようございます^L^
今朝は雨模様のなか加藤大岳先生が書いた「真勢中州先生之墓所」の碑がある寒山寺の山門まで歩いてきました。
きょうは己亥月乙巳日ですから、『金函玉鏡』の吉方位をみると大吉の方位は艮宮の東北で、「ベストの方位。財運よし」とあります。八門は生門、九星は大陰で、辰の時が司命黄道ということで出発するのに良い時刻のようです。・・・財運UPを願って散歩するのはいいのですが、すこし雨が降っているようで気になるので、寒山寺までの往復のお天気を占ってみました。筮竹を揲って卦を起こしました^L^
三変筮で无妄の初爻です><:
无妄、「其匪正有眚・・・むもう、正にあらざれば、眚〔わざわい〕あり」です、眚というのは人為的なわざわいです。
彖伝には「无妄の往くや何処に之〔ゆ〕かん。天命たすけず」と恐い説明がついています。
ただ、初爻の爻辞は「初九。无妄・往けば吉・・・むもう・ゆけば吉」
その説明の伝は「无妄之往、得志也・・・むもうのゆくは、こころざしを得るなり」
彖は「天命たすけず」、象は「往〔ゆ〕けば吉。志を得るナリ」???・・・ドッチヤネン、と言いたくなりますが、ここは无妄ですから邪まな心、例えば財運をUPしようなんてケチ考えでなく、純粋な気持ちで大岳先生が書かれた中州先生の碑文に拝見して、『易学研究』に投稿されている多くの先生がたが訪れたゆかりの地を尋ねるという気持ちなら「无妄・ゆけば吉」です^L^
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☳
无妄の初爻
初爻は、震の主爻で正象は雷のカミナリですが、秋の雷は威力がうすれ地中に潜伏して蟄龍になるというのが易の見方です。この場合の☳は小生が徒歩〔とほorかち〕にて往くということです。
・・・ちょうど今、すこし大きい揺れの地震☳がありました。もしや、これが无妄之災か?・・・「雑卦伝」のは「災いなり」とあります。
気を取り直して、二三四爻には☶艮の雨傘があり、雨傘をさして散歩する姿にみえます。艮は止まるの意もあります、三四五爻には☴巽の風が雨雲を吹き払い暫らくする晴れてくると判断して出発しました。暫らくじゃなく互卦の風山漸で漸く帰宅寸前で雨があがるのかも。どちらにして小雨でしょう。
◆途中、Yahoo知恵袋にあった「易占の良い点悪い点」という質問について考えていました。
ニセモノの高島易断である運勢暦の高島易断本部の高島象山と、正真の『高島易断』の著者である高島呑象・嘉右衛門先生のことについて考えていました。・・・なんでこんなことが起こるのか?・・・呑象先生はこういうことが起こるという危機を感じていたからこそ、実業界から引退して『高島易断』の著述に全精力を集中したのではないか、・・・无妄の初爻には天地否が伏しています。
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天地否
高島呑象先生は『高島易断』のなかで優勝劣敗、弱肉強食は野蛮な行いである、と強調されています。
優勝劣敗は、この天地否の世界です、上位の純陽の☰乾は少数の優れたもの、下に位する☷坤は多数の劣ったもの、この多数の劣ったというか立場の弱い人々が少数の優れた者を支えるというのがこの否の卦の世界です・・・呑象先生は御自分で小さな漁港の寒村だった横浜に鉄道を敷くための埋め立て工事を完成し、港町横浜にガス燈をともすガス事業を起し、遠隔地である函館との間に定期船『高島丸』を就航させた実業家です。
また日本で初めて洋式の学校を設立した人物です・・・呑象先生がこの学校の卒業生や外人のビジネスの遣り方を観察して危惧したことは、この優勝劣敗による弱肉強食の行いが普通のこととして認められる野蛮な世界に日本の国がなることだったのではないかと思います。
天地否の卦の言葉には
「否はこれ匪人、君子の貞によろしからず」
「上下・交わらず、天下に邦〔くに〕なく、小人の道長じ、君子の道消ず・・・」
卑劣で邪まな小人が成長してノサバリ、誠実でまじめな君子の道は消滅してゆく世界です。
『高島易断』という正真の易の名声や評判を利用して、あたかも自分達が本物であるかのような誇大宣伝をして多くの庶民☷をだまして信用させて、信用した多くの人たちから掠め〔かすめ〕取る・巻き上げる商法です、そのためには全く関係ない全くの他人の「高島さん」に入籍をするという下劣さです。
こういうことは現代の世界では普通に行われていることです、むしろ、これを称賛される人のほうが多いのかも知れません。・・・こういう世界に日本をしてはならない、日本の国だけではダメで隣国も徳化する必要を感じて御自分の著書『高島易断』をシナ語に訳し、あの『教育勅語』の杉浦重剛に英訳させたのです。・・・それ程、日本の将来を心配してのことだったのです。
そういう『高島易断』の真髄のところを理解しないで、正反対に方向の行いをしたのが、あの運勢暦の高島易断本部の創始者の高島象山・・・自称もと牧恒三郎氏です。易の卦でいうと「否・これ人にあらず匪人」です。
高島呑象・嘉右衛門先生は、その御著書『高島易断』のなかで:
「当今文明開化ノ競争ナルモノハ、全ク優勝劣敗ヲ期シ、優勝劣敗ハ既ニ弱肉強食ヲ期ス、弱肉強食ハ全ク野蛮未開ノ風俗ナリ」
と書かれています。
『易経』繋辞上伝には、
「それ易は物を開き、務めを成し、天下の道を冒〔おほ〕う。・・・この故に聖人もって天下の志に通じ、もって天下の業を定め、もって天下の疑いを断ず」
とありますが、ホンモノの高島呑象・嘉右衛門先生は私利私欲でなく「天下の志」に通じ「天下の業」を定め「天下の疑い」を断じた聖人のような偉人です。これが正真の『高島易断』の真髄だと思います・・・ナンテ途中から脱線しました(笑)
今朝は雨模様のなか加藤大岳先生が書いた「真勢中州先生之墓所」の碑がある寒山寺の山門まで歩いてきました。
きょうは己亥月乙巳日ですから、『金函玉鏡』の吉方位をみると大吉の方位は艮宮の東北で、「ベストの方位。財運よし」とあります。八門は生門、九星は大陰で、辰の時が司命黄道ということで出発するのに良い時刻のようです。・・・財運UPを願って散歩するのはいいのですが、すこし雨が降っているようで気になるので、寒山寺までの往復のお天気を占ってみました。筮竹を揲って卦を起こしました^L^
三変筮で无妄の初爻です><:
无妄、「其匪正有眚・・・むもう、正にあらざれば、眚〔わざわい〕あり」です、眚というのは人為的なわざわいです。
彖伝には「无妄の往くや何処に之〔ゆ〕かん。天命たすけず」と恐い説明がついています。
ただ、初爻の爻辞は「初九。无妄・往けば吉・・・むもう・ゆけば吉」
その説明の伝は「无妄之往、得志也・・・むもうのゆくは、こころざしを得るなり」
彖は「天命たすけず」、象は「往〔ゆ〕けば吉。志を得るナリ」???・・・ドッチヤネン、と言いたくなりますが、ここは无妄ですから邪まな心、例えば財運をUPしようなんてケチ考えでなく、純粋な気持ちで大岳先生が書かれた中州先生の碑文に拝見して、『易学研究』に投稿されている多くの先生がたが訪れたゆかりの地を尋ねるという気持ちなら「无妄・ゆけば吉」です^L^
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无妄の初爻
初爻は、震の主爻で正象は雷のカミナリですが、秋の雷は威力がうすれ地中に潜伏して蟄龍になるというのが易の見方です。この場合の☳は小生が徒歩〔とほorかち〕にて往くということです。
・・・ちょうど今、すこし大きい揺れの地震☳がありました。もしや、これが无妄之災か?・・・「雑卦伝」のは「災いなり」とあります。
気を取り直して、二三四爻には☶艮の雨傘があり、雨傘をさして散歩する姿にみえます。艮は止まるの意もあります、三四五爻には☴巽の風が雨雲を吹き払い暫らくする晴れてくると判断して出発しました。暫らくじゃなく互卦の風山漸で漸く帰宅寸前で雨があがるのかも。どちらにして小雨でしょう。
◆途中、Yahoo知恵袋にあった「易占の良い点悪い点」という質問について考えていました。
ニセモノの高島易断である運勢暦の高島易断本部の高島象山と、正真の『高島易断』の著者である高島呑象・嘉右衛門先生のことについて考えていました。・・・なんでこんなことが起こるのか?・・・呑象先生はこういうことが起こるという危機を感じていたからこそ、実業界から引退して『高島易断』の著述に全精力を集中したのではないか、・・・无妄の初爻には天地否が伏しています。
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天地否
高島呑象先生は『高島易断』のなかで優勝劣敗、弱肉強食は野蛮な行いである、と強調されています。
優勝劣敗は、この天地否の世界です、上位の純陽の☰乾は少数の優れたもの、下に位する☷坤は多数の劣ったもの、この多数の劣ったというか立場の弱い人々が少数の優れた者を支えるというのがこの否の卦の世界です・・・呑象先生は御自分で小さな漁港の寒村だった横浜に鉄道を敷くための埋め立て工事を完成し、港町横浜にガス燈をともすガス事業を起し、遠隔地である函館との間に定期船『高島丸』を就航させた実業家です。
また日本で初めて洋式の学校を設立した人物です・・・呑象先生がこの学校の卒業生や外人のビジネスの遣り方を観察して危惧したことは、この優勝劣敗による弱肉強食の行いが普通のこととして認められる野蛮な世界に日本の国がなることだったのではないかと思います。
天地否の卦の言葉には
「否はこれ匪人、君子の貞によろしからず」
「上下・交わらず、天下に邦〔くに〕なく、小人の道長じ、君子の道消ず・・・」
卑劣で邪まな小人が成長してノサバリ、誠実でまじめな君子の道は消滅してゆく世界です。
『高島易断』という正真の易の名声や評判を利用して、あたかも自分達が本物であるかのような誇大宣伝をして多くの庶民☷をだまして信用させて、信用した多くの人たちから掠め〔かすめ〕取る・巻き上げる商法です、そのためには全く関係ない全くの他人の「高島さん」に入籍をするという下劣さです。
こういうことは現代の世界では普通に行われていることです、むしろ、これを称賛される人のほうが多いのかも知れません。・・・こういう世界に日本をしてはならない、日本の国だけではダメで隣国も徳化する必要を感じて御自分の著書『高島易断』をシナ語に訳し、あの『教育勅語』の杉浦重剛に英訳させたのです。・・・それ程、日本の将来を心配してのことだったのです。
そういう『高島易断』の真髄のところを理解しないで、正反対に方向の行いをしたのが、あの運勢暦の高島易断本部の創始者の高島象山・・・自称もと牧恒三郎氏です。易の卦でいうと「否・これ人にあらず匪人」です。
高島呑象・嘉右衛門先生は、その御著書『高島易断』のなかで:
「当今文明開化ノ競争ナルモノハ、全ク優勝劣敗ヲ期シ、優勝劣敗ハ既ニ弱肉強食ヲ期ス、弱肉強食ハ全ク野蛮未開ノ風俗ナリ」
と書かれています。
『易経』繋辞上伝には、
「それ易は物を開き、務めを成し、天下の道を冒〔おほ〕う。・・・この故に聖人もって天下の志に通じ、もって天下の業を定め、もって天下の疑いを断ず」
とありますが、ホンモノの高島呑象・嘉右衛門先生は私利私欲でなく「天下の志」に通じ「天下の業」を定め「天下の疑い」を断じた聖人のような偉人です。これが正真の『高島易断』の真髄だと思います・・・ナンテ途中から脱線しました(笑)
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